塩島城跡

戦国時代には塩島氏の居城/しおじまじょうあと
開催場所:
塩島城跡
399-9301 長野県北安曇郡白馬村北城
駐車場:
塩島城跡遊歩道北出口駐車場を利用
駐車場料金:
無料
駐車場マップ:
アクセス(車):
上信越自動車道長野ICから約47.6km(1時間29分)
姫川に流れ込む白馬連峰を源とする松川。その合流点の西側、標高713mの小高い丘が城山。南北に延びる尾根を中心に中世の山城、塩島城の城跡となっている。築城時期は不明だが、戦国時代には仁科家に仕える塩島氏の居城となった。南に松川、東に姫川を臨む断崖で、西には重要な交易路だった千国街道がある。四ヶ庄平(現在の白馬村の古称)を掌握する絶好の地であることがよくわかる。弘治元(1555)年、信玄家臣の山県昌景の攻撃により、飯森城などとともに落城した。時の塩島城主・塩島勝雄は、信玄に恭順を示すが、城に戦の備えがあるのが発覚。山県昌景は塩島勝雄を正命寺に呼び出し、謀略によって殺害する。その後、夜襲をかけて塩島城と周囲の寺を約払っている。勝雄の弟・塩島祐輝は越後に逃れて上杉謙信を頼るが、後に塩島家は信玄から旧領地を安堵されている。主郭、二の郭、三の郭などの曲輪、空濠、馬場跡、日光寺跡などがあり、北出口駐車場を起点に塩島城跡遊歩道が整備されている。塩島地区は鬼無里へと続く善光寺道と千国街道の交差点。専念寺には石仏群も残されている。【城跡】