木舟城跡

中世北陸道沿いに位置する山城/きふねじょうあと
開催場所:
木舟城跡
939-0134 富山県高岡市福岡町木舟
駐車場:
観光駐車場を利用
駐車場料金:
無料
駐車場マップ:
アクセス(車):
能越自動車道福岡ICから約300m(2分)
元暦元年(1184年)、越中国の豪族・石黒光弘が築城した中世の城。石黒光弘は、1183(寿永2)年、木曾義仲(源義仲)軍と平維盛軍が激戦を繰り広げた倶利伽羅峠(くりからとうげ)の戦いで木曾義仲に従った土地の豪族。その後、石黒家の居城となった。戦国時代には上杉謙信に服従し、謙信没後は佐々成政の支配下などになったが、豊臣秀吉の北国征伐(富山の役)で成政が降伏すると前田利家の末弟・前田秀継が入城している。1585(天正13)年11月の天正大地震で城は崩壊し、前田秀継夫妻も圧死。城は廃城となり機能は今石動城に移された。高岡市木舟町は、高岡城築城の際に、木舟城下の住民が移り住んだ地という。往時には濠で囲まれていたが現存する遺構は土塁のみだ。近くにある貴布祢神社も旧城郭内にあった城の鎮守社。現在、周辺は田んぼになっているが、往時は東西を川に挟まれた沼地に浮かぶ天然の要害だった。しかし、軟弱な地盤ゆえに天正大地震で大きな被害を生んでいる。養老断層が震源とも推測される天正大地震では、飛騨国帰雲城も帰雲山の山崩れによって崩落、美濃国では大垣城が全壊、近江国では長浜城が全壊し、尾張の清洲城も大きな被害を受けている。【城跡】【源平合戦】