保渡田古墳群・八幡塚古墳

上毛野氏の一族の墳墓と推測される前方後円墳/ほとだこふんぐんやはたづかこふん
開催場所:
保渡田古墳群・八幡塚古墳
370-3533 群馬県高崎市保渡田町八幡塚1956
駐車場:
100台
駐車場料金:
無料
駐車場マップ:
アクセス(車):
関越自動車道前橋ICから県道10号経由で20分
TEL:
027-321-1292
高崎市保渡田・井出地区の田園地帯にある二子山古墳、八幡塚古墳、薬師塚古墳の3基の100m級の前方後円墳の総称が国の史跡に指定される保渡田古墳群。3つの古墳の中央にあるのが八幡塚古墳。保渡田古墳群で最初に築かれたのがもっとも南にある二子山古墳だが、5世紀後半に続いて築かれたのが墳長96m(周堀を含めた全長は190m)の八幡塚古墳。創建当時の様子がわかるように二重の堀と、内堀の内部に4つの島(祭祀場)が復元され、内堤上には54体の人物・動物埴輪などが配置された「形象埴輪配列区」があり、墳頂部や中島などには6000体もの円筒埴輪が巡らされている。墳丘部や内堀のなかにある中島の法面には葺石(ふきいし)が施され、後円部の内部には舟形石棺の展示室も設置。埋葬されたのは古代の毛野国(けのくに=群馬県・栃木県)の豪族・毛野(けの、けぬ)氏と推測される。毛野国は後に上毛野(かみつけぬ=群馬県)と下毛野(しもつけぬ=栃木県)に分けられるから、ここに埋葬されたのは赤城神社奉斎した上毛野氏かその一族の車持氏(くるまもちし)ということに。八幡塚古墳の南東1kmの三ツ寺町にある三ツ寺I遺跡は、5世紀後半に築かれ、6世紀前半に廃棄されたと推定される古墳時代の豪族の館跡。保渡田古墳群の埋葬者との関係も推測される。館と古墳を結ぶ延長上には榛名山があるのも意味深だ。周辺は上毛野はにわの里公園として整備され、古墳の南側にかみつけの里博物館が建っている。【日本の歴史公園100選】【古墳】【古代史】
問合わせ・連絡先
高崎市文化財保護課
電 話:027-321-1292