島村養蚕農家群

明治時代に蚕種の輸出で繁栄/しまむらようさんのうかぐん
開催場所:
島村養蚕農家群
370-0134 群馬県伊勢崎市境島村
駐車場:
島村蚕のふるさと公園または利根川河川敷(20台)を利用
駐車場料金:
無料
駐車場マップ:
アクセス(車):
関越自動車道本庄児玉ICから20分、北関東自動車道伊勢崎ICから30分
アクセス(電車):
東武伊勢崎線境町駅からタクシーで15分または境島村観光シャトルバスを利用。JR高崎線本庄駅からタクシーで20分、深谷駅からタクシーで25分、JR両毛線伊勢崎駅からタクシーで35分
TEL:
0270-75-6672
かつて利根川の水害に悩まされ、稲作には不向きとされた島村の集落。江戸末期に村の名主・田島武平、田島弥平親子が蚕種に関しての新理論を確立すると、横浜開港の時期とも重なり、また蚕種病の蔓延した西欧各国の特殊事情を背景に、蚕種(蚕の卵のこと)の供給地として急速に繁栄。明治12年から4回にわたり、蚕種を直接イタリアで販売する直輸出も実施するなど、先取の気概に満ちた地域だった。なかでも明治5年に『養蚕新論』を著した田島弥平は、明治15年の島村自由党の結成にもかかわり、顕彰碑が建つほど尊敬を集めた人物。彼が生み出した清涼育という方法は、できるだけ涼しいところで蚕飼育をすべきというもので、養蚕農家の家屋には、入母屋の端から端まで通風が可能な小屋根(総櫓)がしつらえてあるのが特徴。昭和62年に蚕種事業は廃業となったが島村の集落にはまだこの総櫓付の家屋が十数棟が残されており、いかに蚕種で栄えた村であったかがわかる。また県境にある明治30年創建の日本基督教団島村教会も、イタリア・ミラノに派遣された田島善平が自宅内に開いた美以教会島村講義所が前身。西洋の精神も取り入れようとした村の成り立ちを知るよすがとなっている。田島弥平旧宅は世界文化遺産に登録され(外観のみ見学可能)、境島小学校の東側にある田島弥平旧宅案内所でビデオ上映と展示資料解説が行なわれている。《世界遺産》
問合わせ・連絡先
伊勢崎市教育委員会文化財保護課
電 話:0270-75-6672