高崎城址

往時を偲ぶ乾櫓が復元/たかさきじょうし
開催場所:
高崎城址
370-0829 群馬県高崎市高松町
駐車場:
184台(高崎城址地下駐車場・シティギャラリー地下)
駐車場料金:
1時間まで30分ごとに160円、以降30
駐車場マップ:
アクセス(車):
関越自動車道高崎ICから県道27号を5km走った住吉町を左折、旧中山道を1.5km走った連雀町を右折、200m
アクセス(電車):
JR高崎駅から徒歩10分
営業時間:
入園自由
TEL:
027-321-1257
高崎市街の中心部・高松町にあり、土塁や堀、復元された乾櫓(いぬいやぐら)と東門などが、往時をしのばせる。前身は室町時代に和田義信が築いた和田城だが、廃城になり荒廃。のちの1598(慶長3)年、当時の箕輪城主・井伊直政(徳川家康の重臣)が、中山道と三国街道の分岐点の守りの拠点とするため、烏川東岸の河岸段丘の上に、囲郭式構造の高崎城を築城した。本丸には御三階櫓(天守)、乾(いぬい=北西)櫓、艮(うしとら=北東)櫓、巽(たつみ=南東)櫓、坤(ひつじさる=南西)櫓があったが、その後陸軍直轄となり、明治6年に東京鎮台高崎分営第九大隊を設置し、本丸、二ノ丸は取り壊しとなり、現存するのは乾櫓(県重文指定/三ノ丸模擬石垣上に移築復元)のみ。本丸門など16の門のうち現存するのは東門(城内に出入りする武士や商人などを通行させた通用門/高崎市重要文化財/乾櫓近くに移築復元)だけ。徳川3代将軍・家光の命で徳川忠長が自刃したという書院は市内の長松寺(高崎市赤坂町30)に移築され庫裏に転用されている。周辺は高崎城址公園として整備され、春には外堀を桜が埋め尽くす。【城跡】
問合わせ・連絡先
高崎市観光課
電 話:027-321-1257