安房国分寺跡(安房国分寺)

金堂の基壇と推測される遺構が発見されている/あわこくぶんじあとあわこくぶんじ
開催場所:
安房国分寺跡(安房国分寺)
294-0018 千葉県館山市国分959
駐車場:
5台(境内利用)
駐車場料金:
無料
駐車場マップ:
741(天平13)年、聖武天皇の詔により、国家鎮護のために諸国に建立された国分寺(金光明四天王護国之寺)のひとつ。国庁とともに古代には安房国(あわのくに)の最大の建築物だった。安房国分寺跡は現在の国分寺とほぼ同じ場所で、薬師堂の左に金堂の基壇が確認されているほか、平瓦、軒丸瓦、三彩獣脚が出土している。安房国は718(養老2)年に上総国から分かれて成立。741(天平13)年にいったん上総国へ併合された後、757(天平宝字元)年に再び分離して立国した。国分寺の建立は奈良時代末とする説、国分寺はなかったとする説もあり、今後の解明が待たれるところ。安房国分寺の北方900mの地に、尼坊と推測できる「アマンボウ」という地名が残り国分尼寺のあった地である可能性が残されている。現在の国分寺は正式名を日色山国分寺という真言宗智山派の寺。寺伝によればでは743(天平15)年、国司の太木綿麿(ふとぎゆうまろ)が寺地を寄進し、行基作の薬師仏を本尊として建立、日色御堂と称したのに始まるという。その日色御堂が国分寺として機能した可能性はある。【寺社】【パワースポット】【古代史】【国府】