近藤勇陣屋跡

近藤勇と土方歳三の最後の別れの地/こんどういさみじんやあと
開催場所:
近藤勇陣屋跡
270-0100 千葉県流山市流山2-108
駐車場:
無/流山市役所など公共駐車場を利用
駐車場マップ:
アクセス(車):
常磐自動車道流山ICから約3.7km(10分)
アクセス(電車):
総武流山電鉄流山駅から徒歩5分
営業時間:
見学自由
新撰組隊長だった近藤勇は、尊攘派の制圧に活躍したが、旧幕軍派最後の抵抗である戊辰(ぼしん)戦争の際、下総で捕えられ、刑死した。その近藤勇が甲陽鎮撫隊として下総で陣屋を構えたのが、ここ。1868年(明治1/慶応4)年4月1日夜、総勢200余名で五平新田(足立区綾瀬)から流山に移動。江戸川に架かる流山橋のたもとに建つ、酒造家・長岡屋という豪商の館を本陣として、光明院、流山寺などに分宿した。しかし1868(明治1/慶応4)年4月3日、情報を得た新政府軍の有馬藤太(薩摩藩士)率いる先鋒隊は、羽口の渡しを渡り長岡屋を包囲しする。流山を戦火に巻き込むことを避けた近藤は夕刻に大久保大和と名乗り出頭。その後、新選組の近藤勇であることが露見し、4月25日に江戸・板橋で処刑された。のちに長岡屋跡は、地元の富豪・秋元家の所有となり、今では土蔵前に近藤勇陣屋跡の碑が立ち、傍らに「長岡屋土台石」が残るのみだが「近藤勇と土方歳三の最後の別れの地」として訪れる人も多い。