佐倉城跡(佐倉城址公園)

本丸跡などが残る佐倉城の城跡/さくらじょうあとさくらじょしこうえん
開催場所:
佐倉城址公園
285-0017 千葉県佐倉市城内町官有無番地
駐車場:
212台
駐車場料金:
無料
駐車場マップ:
アクセス(車):
東関東自動車道佐倉ICから県道65号・国道296号を臼井方面に4.5km走った博物館入口交差点を左折
アクセス(電車):
京成本線京成佐倉駅から徒歩15分。または、JR佐倉駅から徒歩26分
営業時間:
入園自由
TEL:
043-484-0679
詳細情報:
http://www.city.sakura.lg.jp/
鹿島川と高崎川の合流点、小高い台地に残る佐倉城址。千葉県にある数少ない近世城郭の遺構で「日本100名城」に選定。城は、1610(慶長15)年、江戸幕府防衛上の拠点として土井利勝が小見川領から佐倉領に入封し、築城。当時は土塁や堀に囲まれた平山城だった。干拓以前の広大だった印旛沼を外堀の一部に使い、主要な武家屋敷を囲む総構え(台地下の堀)を備え石垣を使わない城だった。天守もなく、三重櫓(御三階櫓)を天守の代わりとした。防備という点では要所に馬出しを備えていた。1746(延享3)年からは堀田氏11万石の居城として6代が続き明治維新を迎えている。だから地元佐倉の人々は堀田氏の城という意識が強い。明治6年に第一軍管東京鎮台佐倉分管が置かれ、建物は撤去された。さらにその後、帝国陸軍歩兵第2連隊、後に歩兵第57連隊(通称・佐倉連隊)の駐屯地となったため往時の形状は大きく損なわれた。現在は公園として整備され、本丸跡を中心に土塁や空堀の一部が残る。カエデの巨木やイチョウ並木など、自然豊かな姥ヶ池周辺は散策に最適だ。姥ヶ池は、昔、乳母が若君を池の畔で遊ばせていた際、誤って若君を溺れさせてしまったという伝承が残る池。大手門は現在の佐倉中学校前にあった。土井利勝は、佐倉に入封した直後に秀忠付の老中になっている。秀忠の名で一国一城令と武家諸法度を制定し、本多正純が失脚後は、幕府の最高権力者となった。堀田家も代々幕府の老中になる優れた人物を輩出している。1746(延享3)年入城の堀田正亮(ほったまさすけ)は老中首座。【日本の歴史公園100選】【日本100名城】【公園】
問合わせ・連絡先
佐倉城址公園管理センター
電 話:043-484-0679