津軽藩士シャリ陣屋跡

津軽藩が北方警備で斜里前浜に築いた陣屋の跡/つがるはんししゃりじんやあと
開催場所:
津軽藩士シャリ陣屋跡
099-4113 北海道斜里郡斜里町本町52-24
駐車場:
斜里町役場・斜里町立知床博物館などを利用
駐車場料金:
無料
駐車場マップ:
1807(文化4)年、江戸幕府から斜里地方の沿岸防衛を命ぜられた津軽藩はシャリ陣屋を構築し、7月から藩士100名が駐屯して沿岸警備にあたった。斜里前浜に陣屋3棟(3間×12間2棟、3間×10間1棟)、倉庫、剣術稽古所、弁天堂、遠見番所を建てたが、厳しい冬場に浮腫病の蔓延により藩士は72名が死亡し、1808(文化5)年に故郷の津軽に戻った者はわずかに17名となった。津軽藩のシャリ場所警備は文化5(1808)年に会津藩に引き継がれている。昭和29年、警備に当った津軽藩士・斎藤勝利が書いた、『松前詰合日記』が発見されてこの殉難事件が明らかになった。禅龍寺には津軽藩士死没者の過去帳も残されている。港町8-28にはシャリ運上屋(会所)跡もある。この時期に斜里会所に幕府の命で詰めていたのは最上徳内と金井泉蔵だったという。昭和58年、青森市弘前市と斜里町は友好都市となり、友好都市弘前市との文化交流の中から『しれとこ斜里ねぷた』も行なわれるようになっている。【開国】