開拓使美々鹿肉罐詰製造所跡

明治11年、この地に缶詰工場が誕生した/かいたくしびびしかにくかんづめせいぞうしょあと
開催場所:
開拓使美々鹿肉罐詰製造所跡
059-1361 北海道苫小牧市美沢135
駐車場:
駐車場マップ:
アクセス(車):
道央自動車道千歳ICから約10.6km(17分)
アクセス(電車):
JR美々駅から徒歩19分
イギリスやアメリカから技術導入を積極的に進めた開拓使(現在の道庁)。明治8年、ケプロンは、開拓長官に提出した文書で産業が栄えるように開拓使が自ら加工場を建設すべきとの提言を行ない、それに従って明治10年の石狩石狩罐詰所(サケ・マス)を皮切りに美々(鹿)、厚岸(カキ)、別海(サケ・マス)、択捉・紗那(サケ・マス)と、各地に缶詰工場を建設した。美々には明治7年に鹿肉燻製所を設置し、明治11年に鹿肉罐詰所と脂肪製造所が設けられた。さらに明治12年には鹿の臓腑、血液などをもって人造硝石床製造所も併設されている。千歳一帯は石狩地方に比べて冬場の積雪が少ないので鹿が食を求めて大挙群集していたのだという。明治11年竣工のコルベット(巡洋艦)「比叡」の海外渡航に際しては、美々で製造した缶詰をのせていた。鹿の乱獲と大雪による食糧難からの餓死、鉄道の開道による開拓などで、鹿の数が激減し、明治17年に工場は廃止されている。工場の宿舎としてロシアから導入した道内最初の校倉造りの建物もあったというが、今は工場跡の記念碑が残るのみだ。記念碑は道道10号沿いにあるが、少し東側には明治14年、明治天皇行幸の際に休憩をとり、湧き水を飲まれたと伝わる御前水もある(現在は飲用不適)。