源義朝暗殺湯殿跡(法山寺)

源義朝が長田一族に暗殺された湯殿はここに!/みなもとのよしともあんさつゆどのあとほうざんじ
開催場所:
源義朝暗殺湯殿跡(法山寺)
470-3235 愛知県知多郡美浜町野間田上50
駐車場:
5台(境内駐車場)
駐車場料金:
無料
駐車場マップ:
アクセス(車):
南知多道路美浜ICから約8km(20分)
アクセス(電車):
名鉄知多新線野間駅から徒歩8分
1159(平治元)年、平治の乱で後白河院政派で平清盛に敗れた源義朝は、東海道を下り東国への脱出を図る。まずは随行していた鎌田政清の舅・長田忠致(おさだただむね)の許に身を寄せるため尾張国(愛知県)知多半島を目ざす。長田忠致は野間を本拠とする桓武平氏の末流。平家からの恩賞を目当てに忠致・景致父子は義朝を法山寺の湯殿で暗殺し、首を六波羅の平清盛の元に差し出した。その恩賞として忠致は壱岐守に任ぜられるが、尾張国、あるいは美濃国の国守を要求したと『平治物語』には浅ましい武将として記されている。頼朝が平氏追討の兵を挙げると、源氏に付くが、平家追討後に頼朝の命で殺害されている。法山寺は寺伝によれば行基開山という古刹(現在は臨済宗)。霊泉が湧くことから空海もこの地を訪れたという。義朝暗殺の湯殿跡に源頼朝が堂宇を建立し、長田の遺領を寄進したとも伝えられている。知多四国八十八箇所霊場55番札所。法山寺にほど近い乱橋は、義朝暗殺の湯殿を逃れた金王丸らが、長田家の家臣と乱戦を繰り広げた場所。【寺社】【パワースポット】【源頼朝】