岩崎城跡(岩崎城歴史記念館)

小牧・長久手の戦いの激戦地/いわさきじょうせきいわさきじょうれきしきねんかん
開催場所:
岩崎城跡(岩崎城歴史記念館)
470-0131 愛知県日進市岩崎町市場67
駐車場:
15台
駐車場料金:
無料
駐車場マップ:
アクセス(車):
名古屋高速高針ICから国道302号を5分
営業時間:
9:00~17:00(入館は16:30まで)
休業日:
月曜休(祝日の場合は開館)、12月28日~1月4日休
料金:
入館無料
TEL:
0561-73-8825
FAX:
0561-74-0046
詳細情報:
http://www.mf.ccnw.ne.jp/iwasakijo/
岩崎城は尾張国の東端を守る信長の父・織田信秀が築城した織田氏の支城。その後丹羽氏の居城となり、羽柴秀吉と徳川家康・織田信雄(信長の二男)の連合軍が戦う小牧・長久手の戦いの激戦地となる。清洲城主・織田信雄は、本能寺の変後、秀吉が信長の後継としての地位を固めることに不満を抱き、当時、浜松城主だった家康に援軍を求める。犬山城に布陣した羽柴勢に対し、家康は小牧城に本陣を置く。両軍が対峙して膠着するなか、羽柴方の武将・池田恒興は岡崎城下に放火しようと犬山を離脱し岡崎へと向かう。それを迎え撃つ丹羽軍。岩崎城には200余名の将兵しかおらず落城となる。戦自体は徳川・織田軍の勝利に終わり、丹羽氏次はこの戦と関ヶ原の戦いの貢献で1万石の大名へと出世する。岩崎城は関ヶ原合戦後、丹羽氏が大名となって三河国上伊保村(現・豊田市保見町)の伊保陣屋に移ったため廃城となるが、その後、竹藪などとなって遺構が守られ、昭和62年に岩崎城歴史記念館が建設された。コンクリート製の模擬天守閣は1~2階が展示室、最上層の4階は展望室になっている。【城跡】【ミュージアム】【徳川家康】【豊臣秀吉】
問合わせ・連絡先
岩崎城歴史記念館
電 話:0561-73-8825