豊田市足助伝統的建造物群保存地区

塩の道と呼ばれた中馬街道の宿場/とよたしあすけでんとうてきけんぞうぶつぐんほぞんちく
開催場所:
豊田市足助伝統的建造物群保存地区
444-2424 愛知県豊田市足助町本町
駐車場:
宮町駐車場(200台)
駐車場料金:
1回500円、紅葉シーズンは800円/西
駐車場マップ:
アクセス(車):
猿投グリーンロード力石ICより国道153号を10km。伊勢湾岸自動車道豊田藤岡IC、豊田勘八ICも利用できる
アクセス(電車):
名鉄名古屋本線東岡崎駅から名鉄バス足助行きで1時間10分、一の谷口下車、徒歩5分。豊田市駅からの名鉄バスも利用可能
FAX:
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塩の道・中馬街道の「中馬」とは、江戸時代に信州の馬稼ぎ人たちがつくっていた同業者の組合で、物資の運搬に従事した人々をさす言葉。信州から年貢米やたばこ、三河からは塩などが馬の背で信州へと運ばれた。その重要な宿場だったのが足助(あすけ)で、街道沿いには昔ながらの町並みが残され、平成23年には重要伝統的建造物群保存地区に選定されている。
とくに蔵造りのマンリン書店脇の「マンリン小路」は、記念撮影に絶好の場所。黒板張りと白壁の土蔵が左右に迫り雰囲気も満点。ちなみにマンリンという名前は、マンリン書店の屋号が萬屋で、当主は代々林右衛門を名のったことに由来。また。中橋と飯盛橋の間には、弘化2年(1845年)と記された標石も残されている。町営西町駐車場に車を入れ散策を。
「塩の道」と呼ばれた中馬街道で運ばれた塩はおもに三河湾の吉良(きら)の「饗庭塩」(あいばえん)。吉良から矢作川の水運を利用し岡崎伝馬町・田町の塩座まで運ばれ、その上流で支流の巴川に入り、平古(現在の豊田市岩倉町)で荷を降ろす。そこから馬に積まれ足助へ運ばれさらに馬を継いで信州へと運ばれた。足助の塩問屋は馬の背に積みやすいように7貫目(約26kg)の俵に包み直し、4俵ずつを馬に乗せた。明治中期には年間2万俵の塩を伊那谷へと運んだという。運ばれたものはもちろん塩だけではなく、鉄、木綿、米、麦、大豆、味噌・醤油・酢・酒、肥料用の干鰯(干したイワシ)、小間物、干魚、土管など多種に渡る。
その中継基地であり、街道の宿場でもあった足助は中央本線や飯田線が開通するまで、交通の要衝として栄えたのだ。岡崎城から県道39号を北上して巴川沿いに足助に至れば、「中馬街道の旅」が楽しめる。なお吉良の塩に関しては「吉良歴史民俗資料館」で詳しく解説されている。【家並み】【街道】