横須賀城跡

徳川家康が高天神城攻めの拠点とした城/よこすかじょうあと
開催場所:
横須賀城跡
437-1305 静岡県掛川市山崎
駐車場:
15台(横須賀城公園駐車場)
駐車場料金:
無料
駐車場マップ:
アクセス(車):
東名高速道路袋井ICから20分、掛川ICから20分、菊川ICから30分
アクセス(電車):
JR袋井駅から静鉄ジャストライン(大東支所・横須賀車庫前行き)で20分、七軒町下車、徒歩10分
営業時間:
見学自由
TEL:
0537-21-1149
高天神城(たかてんじんじょう)が武田方に奪われた後、徳川家康が城攻めの拠点として築いたのが、横須賀城。城跡は国の史跡になっている。1578(天正6)年、徳川家康は家臣の大須賀康高(初代城主)に命じて横須賀城を築城。大須賀市街の西の丘陵地帯にあり、山城から平城へと移る、中間期の平山城。1581(天正9)年の高天神城落城(廃城)後は横須賀城が遠州南部の拠点として機能する。以来明治維新まで横須賀藩の藩庁として20代288年続いた歴史ある城だが、残念ながら城郭などは残っていない。本丸跡一帯が史跡公園になっており、自由に散策が楽しめる。城の東西2ヶ所に大手門があるユニークな構造から「両頭の城」といわれている。石垣には天竜川の丸い河原石を用いた玉石積みというのも横須賀城ならではの特徴だ。現在では市街地に囲まれているが、近世半ばまでは城の手前まで海が迫り、入江、沼、深田に囲まれた天然の要害だったという。入江には横須賀湊があり、当時ここに流れ出していた逆川を船で上ると掛川城の外堀に出たことから、2つの城は舟運で結ばれていたと推測できる。藩政時代には、海上輸送と浜街道を抑える重要な要衝だったため、松平(大須賀)氏、松平(能見)氏、井上氏、本多氏、西尾氏と普代の大名が藩主となった。東海道を睨んだ掛川城とともに重要な位置づけの城だったことがよくわかる。袋井市の油山寺には旧御殿の一部が移築されているほか、初代横須賀城主大須賀康高が創建した撰要寺には横須賀城の不開門が移築されている。【城跡】【徳川家康】
問合わせ・連絡先
掛川市商工観光課
電 話:0537-21-1149