大湯間欠泉

家康が江戸城にも運んだ熱海の源泉/おおゆかんけつせん
開催場所:
大湯間欠泉
413-0018 静岡県熱海市上宿町
駐車場:
無/熱海市役所横の中央駐車場(57台、30分100円)などの
駐車場マップ:
アクセス(車):
西湘バイパス石橋ICから真鶴道路、熱海ビーチライン経由17kmで熱海サンビーチ。さらに700m走った中央町交差点を右折すると熱海市役所。市役所北側の中央町駐車場に車を入れるのが便利
アクセス(電車):
JR熱海駅から徒歩15分
営業時間:
見学自由
熱海温泉に古来からある源泉、熱海七湯(大湯、河原湯、小沢の湯、風呂の湯、清左衛門の湯、佐治郎の湯、野中の湯)のひとつ。徳川家康お気に入りの温泉で1597(慶長2)年、1604(慶長9)年に湯治に訪れている。わざわざ江戸城の本丸や西の丸に湯を運んだことも多く、とくに大湯の温泉を気に入った吉宗は、8年間に3600樽以上も運ばせたという記録が残されている。以前は昼夜6回、熱湯と蒸気の噴出を繰り返したが、現在の間欠泉は関東大震災の影響で温泉の噴出が止まったものを人工的に再現したもの。4分間隔に3分間噴湯させ昔の面影を偲ばせている。日英修好条約が締結により日本の5つの港が開港されるとラザフォード・オールコックは、広州(中国)領事から初代駐日総領事に転身する。日本滞在の記録の『大君の都』を著すほど精力的に極東の国を観察したオールコックは、来日した翌年、1860(万延元)年に早くも富士登山に挑戦。その帰りに熱海に立ち寄り、2週間逗留している(オールコック著『富士登山と熱海の硫黄温泉訪問』)。そのとき愛犬トビーが、間欠泉から噴出した熱湯が原因で大火傷を負い死んでしまう。このことを不憫に思った熱海の人はトビーの葬儀を行なうが、オールコックはこのことを本国に報告。翌年には攘夷派の水戸藩浪士14名が東禅寺の英仮公使館を夜襲する事件が起こるなど、攘夷派の台頭が目につく時代だったが、熱海の事件がイギリス本国の対日感情を穏やかにしたともいわれている。間欠泉の横にはオールコックの碑とオールコック自ら「かわいそうなトビー」と刻んだトビーの墓がある。【温泉】【徳川家康】【開国】