相良油田油井

茶畑のなかに残る太平洋側唯一の油田/さがらゆでんゆせん
開催場所:
相良油田油井
421-0514 静岡県牧之原市菅ヶ谷2861-1
駐車場:
50台(油田の里公園駐車場)
駐車場料金:
無料
駐車場マップ:
アクセス(車):
東名高速道路相良牧之原ICから国道473号(相良バイパス)を相良方面へ8km走った菅山トンネル先のT字路(菅山交差点)を右折、菅ヶ谷川沿いに上流方面に2km
アクセス(電車):
JR藤枝駅南口から静鉄バス相良営業所行きで58分、終点下車、タクシーで5分
営業時間:
見学自由
太平洋側唯一の油田という、相良(さがら)油田。明治5年に海老江村(えびえむら=現在の牧之原市大江地区)で石油の露頭が発見されたのがことの起こりで、翌年、菅ヶ谷地区で採掘が始まった。日本で最初に「機械堀り」が行なわれた石油井戸。昭和30年頃まで採油は行なわれていたが、最盛期は明治17年頃。ドラム缶で年間約3600本分が産出されたが、原油とは思えないほど良質だったという。現在残されている櫓は、昭和25年開坑のもので、相良油田最後の石油坑。小型ロータリー式の機械で掘削され開坑した機械堀井で、310mの深さから原油を汲み上げていた。すぐ横が茶畑で、近くには油田の里公園もある。相良油田は、明治5年2月に藩政時代には幕臣だった村上正局(むらかみまさちか)が海老江村で原油の露出を発見したことが始まり。駿府学問所(廃藩置県後は静岡学問所)に勝海舟が招いた新進気鋭のアメリカ人教師・宣教師エドワード・ワーレン・クラークが3月に石油と判定した。7月にはのちに「日本の石油王」と呼ばれる石坂周造が太平洋側における石油採掘の重要性に着目し、東京石油会社の相良支社を設置。明治6年2月、石坂周造は菅ヶ谷(すげがや)新田、時ヶ谷、大知ヶ谷に鉱区を取得し、手堀り掘削を開始した。同年10月には日本で初めてアメリカから輸入した蒸気機関綱堀り機による機械掘りを行なっている。その後、相良油田会社が結成され、明治37年 には日本石油も採掘に参入している。経済産業省の近代化産業遺産。【近代化産業遺産】【穴場・珍百景】