旧東海道金谷坂復元石畳

「平成の道普請」で江戸時代の石畳を復元/きゅうとうかいどうかなやざかふくげんいしだたみ
開催場所:
旧東海道金谷坂復元石畳
428-0023 静岡県島田市坂町
駐車場:
6台(石畳茶屋駐車場/駐車台数が少ないため、長時間の駐車は不
駐車場料金:
無料
駐車場マップ:
アクセス(車):
新東名高速道路島田金谷ICから約5km(11分)
アクセス(電車):
JR金谷駅から徒歩10分
営業時間:
見学自由
旧東海道金谷宿と日坂(にっさか)宿との間にある、金谷峠。当時、牧之原台地の土はぬかるみやすく、上り下りする旅人の苦労が絶えなかったという。そこで幕府は保全命令を発令し、旅人が歩きやすいようにと文政年間(1818年~1830年)、石が敷き詰められた。現在、国道473号から始まる金谷坂の石畳は、町民の参加により復元されたもの。菊川坂も開通し、全長約1kmの石畳が続く。街道時代の石畳が残る場所は多くない。箱根の石畳が有名だが、金谷坂にも石畳が残されている。江戸時代の石畳はわずか30mだが、平成3年に地元住民による「平成の道普請(ふしん)」で430mの石畳が見事に復元。地元の山石7万1000個を「1人1石」というかけ声で運んだもの。平成13年には「石畳菊坂助郷伝説」と銘打ち菊川坂に山石が敷かれ、611mの石畳が復元した。金谷坂の急坂は雨が降ると青ねばと呼ぶ粘土質が非常にぬかるみ、旅人は大変難儀をした。文政年間に約850mの区間に山石を敷き詰めたものが当時の石畳。復元した石畳を実際に歩くと意外に歩きづらいが、実は山石を使った石畳には大軍の進軍を遅らせるという幕府の深謀があったと想像される。杉木立のなか、昔の旅の難儀さを、ちょっぴりですが味わうことができる。【街道】